秦氏千年の計15 能力の低下が招いた敗戦

日清戦争にっしんせんそうは、明治27年(1894年)7月25日から、明治28年(1895年)4月17日にかけて、9ヵ月間

 しん王朝との間で起こった、近代日本にとって初めての世界戦争で勝利します。

 

日露戦争にちろせんそうは、明治37年(1904年)2月8日から、明治38年(1905年)9月5日にかけて、1年7ヵ月間

 ロシア帝国との間で起こった日本の世界戦争ですが、日本は戦費の問題とロシアは共産革命の前夜であったため、双方ともに戦争継続が困難となります。
 

 日本海海戦で日本艦隊ががロシアのバルチック艦隊を撃破したことから、

アメリカ大統領のセオドア・ルーズベルトの仲介で、ポーツマス講和条約に調印し、日本は勝利を収める形となりました。

 しかし、ロシア側から賠償金は取れず、朝日新聞などメディアのあおりと現実とのギャップから、

講和条約反対の民衆の決起集会を、野党が日比谷公園で開こうとします。

 これが暴動・焼き討ちまで発展しました。

 

近衞文麿このえ ふみまろ(1891〜1945)
 

近代日本人の肖像しょうぞう 国立国会図書館
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大東亜戦争だいとうあせんそう第二次世界大戦だいにじせかいたいせんは、昭和12年(1937年)7月7日から中華民国ちゅうかみんこく中国国民党ちゅうごくこくみんとう)との間で起こった大東亜戦争だいとうあせんそう日中戦争にっちゅうせんそう)が勃発ぼっぱつし、

昭和14年(1939年)9月1日から今度は、日本・ドイツ・イタリアの日独伊三国同盟を中心とする枢軸国陣営と、

イギリス・ソビエト(旧 ロシア帝国)・オランダ・フランス・アメリカ・中華民国ちゅうかみんこくなどの連合国陣営との間で、第二次世界大戦だいにじせかいたいせん突入とつにゅうします。
 

 昭和20年(1945年)8月15日に日本はポツダム宣言を受諾し、9月2日に終戦しました。

 合計すると、実に8年2ヵ月間の永きに渡る戦争は大敗に終わり、日本は世界戦争における歴史上2度目の敗戦を経験します。

 

 東洋で最も有名な兵法書へいほうしょ孫子そんしの内容をつまんで言うと、

② 戦争は金がかかるから止めておけ

③ どーしても戦争しなきゃらなくってもスグ止めろ

 こうです。
 

 「兵は拙速せっそくを聞く」孫子そんしでは有名です。

 戦争とは最低限の目的達成の一手段に過ぎず、長期戦が有効だったことなど人類の歴史上に存在しません。

 日清戦争にっしんせんそう日露戦争にちろせんそうはそれぞれ9ヵ月間1年7ヵ月間

大東亜戦争だいとうあせんそう第二次世界大戦だいにじせかいたいせんを合わせて8年2ヵ月間……

 かつての日本人が出来ていたことが、出来なくなっていました!
 

 「戦争は金がかかるから止めておけ」は2番目に書いてあります、では1番目に何が書いてあるのか?

 それは、

① 戦わずして勝つ

 です。
 

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秦氏千年の計16 中国共産党の策謀で戦わされる日本と中国国民党

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