「アイリーンは奴と一緒に居るに違いない……」
ゴドフリー・ノートン弁護士が複数の男を引き連れ、インドのレー空港へ到着したのは、
香港で消えた妻のアイリーン・アドラーが、
「シャーロック・ホームズの元に居るのでは?」と疑い、
そのシャーロックが、ダラムシャーラーからラダックに移動するとの情報を得て、追って来たのだ。
【インド レー空港】
景勝地ラダックを目的とする観光客は、このレー空港が玄関口。国境が中国とパキスタンに接するラダックは軍事上の重要地域で、インド空軍の拠点でもあり空港外からの撮影は禁止。
「連絡が入りました、ラダックからガルワンへすでに出発したそうです。」
首締め強盗のパーカーが、車の運転席に乗り込みながらそう告げると、男たちはガルワンへ向かう。
その中に、一際体格の良い逆立つ口髭の男が一人含まれていた。
2020年5月4日
シャーロック・ホームズは、ツァムジュ少年と運転手のパラミタ女氏を車に残して、
日の出を待たぬ特殊国境部隊 SFFチベット兵の後を追い、チベット亡命政府のヤンゾム女氏と共に、ガルワン渓谷の山道を急ぐ。
氷晶の雪原が連なる山河は、鬱蒼たる木々を染めし雪片をヒマラヤ山脈の峰々へまで続かせ、
白銀に乾いたガルワン渓谷の、険しき尾根に配備されたインド軍兵士の役割は、
中国共産党が支配下に置く、係争中のアクサイチン高原へと繋がるため重要であった。
彼らチベット人は道とも言えぬ険しき坂を、ひらりひらりと跳ねるユキヒョウが如き速さで登って征くので、
それへ付いて上騰するのは、流石のシャーロックもだいぶ骨が折れて仕舞う。
ヤンゾム氏から離れぬように進んでいると先達が足を止め、やっとのこと目的地へ辿り着いたようだ。
Snow leopardess and cubs spotted in Ladakh
Video shared by photographer Morup Namgail
Rare moment as spotting them can be incredibly difficult.#leopard #Ladakh #himalayas pic.twitter.com/ukaN51Xwpl
— Sidharth Shukla (@sidhshuk) August 19, 2024
シャーロック・ホームズが一息付き脚を休めていると、ヤンゾム氏に肩を叩かれ示す彼方を双眼鏡で見やれば眼下には、
インド側の実効支配線を越えて中国共産軍兵士10名程が、
機器を持ち込み道を広げテントを設置して居座っており、2~3名がテントから現れたり消えたりしているのが確認できた。
チベット兵の会話によれば、
「この辺りで多人数が集まれるのはチャイナ兵が今いる所と、もう一つ奥に広い場所があり、そこにはもう少し多くのチャイナ兵がいるだろ。」
とのことで、彼らチベット兵は連中より上部を取るべく急いでいたのである。
インド・チャイナの間で戦闘が激化し核戦争へ至らぬよう、銃火器類は使用しないとお互いで取り決めた国境係争地帯である。
中国共産軍兵士も銃などを担いでいる様子はない。
と言うより、この高原の酸素の薄さでは重い物を持つのが困難であり、高地に慣れぬ中国共産軍兵士が満足に活動出来るであろうか?
まして高山病になる兵士がいてもおかしく有るまい。
「頭を出さないでください。」特殊国境部隊 SFFのチベット兵に情報が入る。
「共産軍兵では無い何者かが私たちを伺っています、目視確認できるのは男3名。
1名は離れた場所で恐らくドローンを操縦、我々を見ているかも知れません。残り2名のうち1名は、
狙撃銃と見られる物を組み立て中。」
「銃火器禁止で狙撃銃か…… 空気銃なら心当たりがある。」
シャーロック・ホームズには、一人の攻撃的な顔立ちの男が思い浮かんでいた。
「その男に口髭は有るかな? スチームパンク・ライフルと云う狙撃用の空気銃を扱うのは、セバスチャン・モラン大佐だ!」
モラン大佐は、モリアーティ教授とのライヘンバッハの滝での激闘後、シャーロックの命を狙い、
さらに、チベット国などへ身を隠していたシャーロック・ホームズがベイカー街へ戻った際も、
この空気銃スチームパンク・ライフルで狙撃して来た悪漢である。
セバスチャン・モラン大佐はモリアーティ教授の死に、仇討ちする柄では無い。
だが、モリアーティ教授亡き犯罪結社は大打撃を受けた。シャーロック・ホームズを二度に渡り標的にするも果たせずにいる。
「襲撃はこれで3度目だ、今度こそ必ずホームズの息根を止めてやる!」
空気銃スチームパンクライフルを組み立て終わり、シャーロックを確実に狙撃できる位置へモラン大佐は移動しようとしていた。
「アイリーンだ! アイリーンが居る!!」
ゴドフリー・ノートン弁護士がドローンからの映像を見てモラン大佐の元へやって来ると、モランの肩を掴み興奮して騒ぎ立てた。
「アイリーンだ! 妻が居るッ、」
「何処ですか? 女性は居るようですが顔は隠れて判りませんねぇ。」
ゴドフリー・ノートンはホームズの隣に居る、顔を布で覆ったチベット亡命政府職員ヤンゾム女氏を、
高山病から来る目眩と頭痛で、妻のアイリーン・アドラーと誤認しているようだ。
モラン大佐はノートン弁護士の腕を振り払い、狙撃に有利な地点へ移動しようとした。
「妻が居るッ、あれはアイリーンだ!!」
それをノートンはモラン大佐の正面へ回り、なおも食い下がる。
「奥さんが居る?! ココまで来ないでしょう。」
「もっと近くに、行かなきゃ……」
シャーロックたちに接近し過ぎては狙撃銃の意味が無い、そればかりか攻撃を受ける可能性さえある。
今度はモラン大佐がノートン弁護士を止める番だ。
「待ってください! 距離を保たないと危険だ―――― しょうが無い、もおココでヤリますよ!」
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