お勢登場より 3

 
 みかどが京より東京と名をあらためてもない江戸へきょをおえあそばすと、

御調度ごちょうど御納おおさめしていたこちらの美術商もみやしたがい、店を日本橋のこの地へと移したのである。

 かつて金座きんざの職人が行き交う土の道は日本銀行の職員がかようアスファルトへ変わり、

美術商が骨董を扱うようになっても日本橋の賑わいは変わらない。
 

 人々が並ぶ赤信号を眺め、美術商の広いショーウィンドウのハロウィンに合わせた髑髏どくろかたどるジョッキは、まだも高いと言うのに大口をいて嘲笑わらっているようだ。

 文代ふみよからまるつたをかき分け美術商へと入ってみた。
 

 そとから見るより広く感じられる店内のはしから順に観覧して行くと、

艶々つやつやあざやかな白に群青ぐんじょうの美しいペルシャ絨毯じゅうたんが、漆黒しっこく猫足ねこあしのテーブルの上へ敷いてあり、

その上に古い褐色かっしょく長持ながもちが正面を向けて置かれている。
 

 大人でも入れるかと云う昔物むかしもの長持ながもちは、木目のめも細かい一枚板の隅という隅に、

すっかり黒漆くろうるしを塗った鉄板てついた武骨ぶこつに張り出たびょうめられていて、

巖乗がんじょうそうな蝶交ちょうつがいの掛けがねおろされるその姿は、堅牢けんろうそのものをあらわしていた。
 

 彼女は何となく、この誰かが隠れてでもいそうな長持ながもちの前で立ち止まり――――ふと伸ばした手がその金具に触れ、

ふたを開き久しぶりに樟脳しょうのうの匂いを得ようとして…… しかしこの期待は裏切られた、代わりに薄暗い朱色が飛び込んで来る、
 

 …… 怪訝けげんな顔を近付けそれを良く見た文代ふみよには、これが朱のうるしで無いことが判った。

 安でのペンキがきわざつに、長持ながもちの内側全てに塗り着けてあって、

これなら、緋毛氈ひもうせんでも貼れば良かったろうに――――目立った傷の無い外側との差が、

長持ながもちの所有者と内側を朱に塗りたった者との違いを示しているのだ。
 

 不審ふしんそうにふたの内側をながめる文代ふみよの気持ちをんだのか、店主が声を掛けてきた。

 「中さえ気にならなければインテリアとしても、家具としても良いのではないかと思います。ふたの方のペンキは禿げかけていますね。

 こちらで何か仕事をさせて頂いても良かったのですが…… 現状を知って頂くために何もしていません。」
 

 「持ち主はどんなかただったんですか? なぜ手放されたんでしょう。」

 「さあー、ここへ売り込んで来られた訳ではありませんので……」
 

 ――――パリパリと禿げかけたふたの内側のペンキを見ている文代ふみよ潜在意識せんざいいしき顕在意識けんざいいしきに何かをコソコソ耳打ちしている――――
 

 「この長持ながもちを頂けますか? それと…… 元の持ち主を調べて頂きたいのですが。」

 店主は少しだけ考えるようだったが。

 「分かりました、お調べして必ずお伝えします。ただ、限界が有ると思いますのでご了承くださいませ。」
 

 文代ふみよは届けて貰うべく『明智 探偵事務所あけち たんていじむしょ』の住所を書きながら――――彼女の右脳は見えぬ物を感じ、

 左脳はその直感を方程式の何処へ代入すればこの謎が解けるのか、

キラキラとひらめくシナプスの目まぐるしく働くその輝きが、すぐそばの店主にも視えたのではあるまいか。
 

 そとへ出ると軽く吹いたビル風は文代ふみよの髪を撫でて行く、

中央通りの信号は一斉いっせいに青へと変わり、まだ染めきらぬ夕焼け雲のたなびく空は、もうともされた車のライトの流れを数えだす、

 長持ながもちが届くのを心待ちにして。
 

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