お勢登場より 8

 
 「あっ、」指先を切ってしまった……

 ピンポン♪

 また鳴った、おせいは納戸の灯りを消してしまって、

絆創膏ばんそうこうを探しがてらインターフォンに映る画面をのぞき込むと、

 若い男の影が見える、

 「…… 彼じゃないかしら?」
 

 ――――そう独りち、急いで絆創膏ばんそうこうを貼りながら彼女はかがみに向かい髪を整えいそいそとインターフォンに出てみた。

 そこに居たのはおせいが想っている男では無かった、

モジャモジャ頭の見憶えの無い男と若い女が突っ立っている。

 「こんにちわ、いきなり失礼します。僕は明智あけち 小五郎こごろうという探偵です。」
 

 彼女は男の笑顔の影に、自分の恋人が慰労いろうのため来てくれたのではないかと期待して、勘違いでそわそわしたのが馬鹿らしくなってしまって、

 「何の御用でしょう。ただいま立て込んでおります。いらないので帰って下さい。」

 「北村きたむら 勢子せいこ 様ですか? ちょっとだけ良いでしょうか、実はこれを見てもらいたいんです。」

 そう言うと、明智あけちは携帯端末で写真を見せた。

 「まぁ……」
 

 そこに写っていた物は、例の売ってしまった長持ながもちである。

 「どうしてこれを…… どこに有るんですか?」

 「やはり、貴方の長持ながもちなんですね。今ここに運んできてもらっているんですが、御覧になりますか。」

 「…… え、えぇ、」

 おせいは思わぬことに驚いたが探していた物である……

当然、応じてしまい作業員が長持ながもちをたちまち家の中へ運び込み、廊下の扉をあれよあれよと開けようと――――
 

 「あ! あぁっ……」

 ――――小さな声がおせいの口から飛びだした、今開けようとした扉は先ほど格二郎かくじろうを殴り倒し長持ながもちへ収めてしまった納戸だ!……

彼女の声が聴こえてか、反対側の格太郎かくたろうの一周忌を済ませたばかりの線香の臭い漂うリビングへ、長持ながもちを運んでしまうと作業員が出て行くのと入れ替えに、

 さっきの男女がそそくさと入ってきていかにも当然というニコニコ顔でリビングに居座ってしまった。
 

 「いや、おかまいなく。わたしは私立探偵の明智あけち 小五郎こごろうと言う者です、こちらは助手の文代ふみよさんです。」

 「北村きたむら 勢子せいこ 様ですね。突然ご訪問させて頂きまして失礼いたしました。初めまして、

私共わたくしどもは『明智 探偵事務所あけち たんていじむしょ』の明智あけち 小五郎こごろう玉村たまむら 文代ふみよです。よろしくお願いいたします。」
 

 文代ふみよが機械的に名刺を渡し挨拶を交わすのも待ちきれず、

明智あけちはさっそく長持ながもちふたを開けると、おせいに朱に染まった中を見せ、

 「見て下さい。内側に朱色のペンキが塗ってあるんですが、ふたの裏だけペラペラに剥げていますね、他の箇所とは違います。

 ほら他は剥げていません、ふたの裏のペンキだけが剥げているんです、北村きたむらさん見て下さい。」

 「そうみたいですね……」
 

 何のことやら解らぬおせい生返事なまへんじこたえる。

 「これはですね。ふたの裏だけ他とは違っているんです、それでこうなってる訳です。」

 そう言いながら真っ白な手袋を両手にすると明智あけちは、ペラペラに剥げかかる朱色のペンキを取り出したピンセットで丁寧に剥がしだす。
 

 「なぜふたの裏のペンキだけが剥げているのかと言うと、油成分がペンキの付着を妨げているために起こっているんですね。

 塗られたペンキの性質はもう調べて有るんですが……

このペンキは油脂ゆしに弱くそのため、ふたの裏には馴染なじまなかったんです。

 では、どうしてふたの裏側だけに油成分が付着していたのか、それはこれから判明するでしょう。」
 

 「文代ふみよさん! やっぱり面白いねー、これ!!」

 モジャモジャの髪を揺らしてほがらかに、おせいのことなど気にせぬ明智あけちはそう言うと、これに合わせる文代ふみよも、

 「明智あけち先生のリクエストにおこたえして、苦労の末に見付けてきたんですよ、」

 「良く見付けてきてくれました、ありがとう文代ふみよさん。さて、何が出るかな?」
 

 「何が出ると思いますか北村きたむらさん。」

 「…… さぁあ……」

 このやり取りにイラ立ちながら答えたのだが――――あかねに光沢の有る整えた爪が折れているのに彼女は気付いた……

そうしているにも少しずつ剥がされて行く朱色のペンキ、そこから徐々に見えてくる引っいたような傷。

 いったい、そこに現れる物とは何であろうか?……
 

 「ほら、文代ふみよさん、やっぱり出てきた、」

 「そうですね…… 先生、何で付いた傷でしょう……」

 「これは――――? 直接…… 人の手で引っいてるんじゃないかな?!」
 

 「見て下さい北村きたむらさん、ほら。

 そのため人間の手の油脂ゆしふたの裏にこびり着いたんです。

爪でいたために爪が折れたり、剥げたりしたんでしょう…… 血液の付着らしいものが有りますね。

 血液反応とDNA検査をしてみましょうか、人物が特定出来るでしょう。

 それとも北村きたむらさんがご存知かな?」
 

 「先生これ、文字もじを書いているんじゃありませんか?」

 「――――そうだよ文代ふみよさん! 流石、文代ふみよさん。これ『セ』だよ!」
 

 「北村きたむらさん見て下さい、これ片仮名かたかなの『セ』に見えませんか?!」
 

 ――――これこそは、嗚呼ああこの文字もんじこそ……

北村きたむら 格太郎かくたろう長持ながもちに掛けがねを掛けた罪人つみびとの正体を、

その生きながらひつぎ幽閉ゆうへいし葬り去った犯人の名を、

死に逝きながら苦悶に刻んだ三文字もんじの内が一つ!!
 

 「ぁはぁぅぅ……」

 おせいは声になるかならぬか狭間はざまのようなうめきを発する――――
 

 ――――彼女は一度はふたの掛けがねをはずした、おせい格太郎かくたろうを助けようとしたのだ……

長持ながもちの中の闇より解き放たれる喜びが、ふたを持ち上げるおっとの弱々しくも生への執着しゅうちゃくこもるその力が、

 つまの手へと伝わったその刹那せつな

 ――――彼女はこの手でそれを押しつぶしてしまった…… 掛けがねを掛けてしまった…… おっと無間地獄むけんじごくの底へと無惨むざんに突きとしてしまった……
 

 …… あの瞬間しゅんかんの確かな手応てごたえが、今まざまざとおせいりょうよみがえる。
 

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