お勢登場より 6

 
 ――――格太郎かくたろうの法要はもう始まっている、

 おせいが息子のためしつらえた仏壇の在る広いリビングには、僧侶の他、おせいと息子の正一しょういち

そして格太郎かくたろうの弟の格二郎かくじろうが今、兄の一回忌の焼香を済ませるところだ。
 

 格太郎かくたろうが息をする隙間すきまもない長持ながもちの中で亡くなってから一年の間、

数度に渡り住所を変え夫の親族からのがれるようにしていたおせいが招いたのは、格二郎かくじろうのみであった。

 なぜこの男にだけは参加してくれるよう連絡をとったのか――――それは彼女が彼にある弱みを持つからなのだが……
 

 …… 格二郎かくじろうは今、どう思って居るのであろう。

格太郎かくたろうの死出の旅路を二人で送ったその後の、あの長持ながもちあらわれた亡霊とも言うべきき傷を――――

薄れ行く意識の中で、死骸になり逝く男の指が娑婆しゃばへと刻んだあの三文字もんじを知る者は、

 それを刻んだ格太郎かくたろうと、共に発見せしおせいと弟の格二郎かくじろうのただ三人だけの秘め事なのだから……
 

 「あなた、成仏してくださいね……」

 これ見よがしに女の嘘の涙に濡れた頬をしなやかな手に握るハンカチでぬぐい、

芝居を続けるおせいとは全く逆で、とても悲しい一回忌を迎えたのが息子の正一しょういちである。
 

 「兄さん、安らかに眠ってください。正一しょういちは大きくなりましたよ。」

 死んだ格太郎かくたろう一粒種ひとつぶだねである正一しょういちの背は伸び、

そこに兄の面影を見た格二郎かくじろうは、目に涙を溜めるおせいから、

正一しょういちのサッカーシューズをねだられ買ってやる約束をしたばかりであった。
 

 もっと快活かいかつだったはずの表情からはうれいが漂い、もう一回だけ仏前に手を合わせリビングから出て行く、

 これを見た格二郎かくじろうにはそれが気掛かりでならぬらしい。

兄がただ一つ心配していた正一しょういちの、父親があのような死に方をしてしまって自らを責めるあまり伏せ目勝ちになったように見えるからだ――――

 「姉さん、正一しょういちは大丈夫ですか?」
 

 この、おせいのことを姉さんと呼ぶ格二郎かくじろうは、彼女より大分だいぶんは歳上である。

元来が善人のこの弟には、兄がおせいを愛するがあまり、

 「オセイ」の三文字もんじを死出の旅路にふたの裏へ刻み付けたと考えたのであろう。
 

 ――――この馬鹿が愚かにも助言したのではあるまいか?

 素早く別れたとは言え、おせいは愛人を囲い夫を裏切っていたのである。

 それがどうだ! 死んだ夫の遺産は彼女の想像よりはるか多くの分配であったのだ!!

 そうか、この歳上の弟は勘違いでおせいかばい、

 それがための一生優雅ゆうがな生活を送れる財産が転がり込んだとは……

 この間抜けめ!! 兄より目先がくとは言え、しょせんは『男』なのである。
 

 「子供のことですから……」とおせいは口を開き、「夢中になるものでも出来ればすぐ立ち直れるに違いないと思っています。」とそっけない、

 「そうですか……

 …… そう言えば――――こんなことが有りましたね、姉さん。兄さんがとじ込められてしまった長持ながもちふたの裏に……

 姉さんの名前が書いてありましたよね……」
 

 !?――――格二郎かくじろうはあの長持ながもちが見たいのであろうか…… あの「オセイ」の三文字もんじを――――

 長持ながもちは有る、有るには有るが…… 外見はあの長持ながもちと見間違わぬのだが、

ふたひらけば一目瞭然いちもくりょうぜん、「オセイ」の死に文字もんじが無いことを…… 全く別の長持ながもちであることが、

 この男にバレてしまう!……
 

 「長持ながもちは…… 隣りの納戸に有るのですけれど、中には女物の服とか腰巻きとかが入れてありますの……」

 あわてるおせいは使ってもいない長持ながもちに、もしものための古い下着だけは入れて置いたのだけれど――――
 

 「あっ、使っているんですね、いやいや、見たいと言う訳じゃないんだ。」
 

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