お勢登場より 9

 
 たまれずきびすを返し急いでこの場から立ち去ろうとリビングを出た、

とびらを閉じ人目が無くなると同時に両手で顔を覆い隠してしまって……
 

 感情を必死に押しとどめ、おせいが顔を上げると早い秋の夕暮れがもう廊下をすっかり暗くしている――――

彼女は少しだけ冷静さを取り戻し、廊下の灯りをともしてみることにした。

 ――――あの探偵とか言う…… 所詮しょせんかねが目当てだろう!

長持ながもちを売り付けようと端金はしたがねをせびりに来ただけ……

 夫の遺産は一生遊べるほどに有るのだし、おかねで解決出来れば幾らでも払ってさっさと追い出してしまおう。
 

 おせいかねを取るためあの格二郎かくじろうを押し込めた長持ながもちの有る納戸のとびらへ手を掛ける、まとまった現金が置いてあるのは花瓶の在った箪笥の中なのだ。

 納戸の中も暗いだろうしとびらを開くと同時に灯りのスイッチへ手を伸ばす…… と、

 一瞬…… 長持ながもちふたひらいている姿がおせいの目へスローモーションのように飛び込んだ――――

しかし灯りが何故かともっていたため、つい消してしまって……

 「さっき灯りを消したハズなのに――――」
 

 深き闇に視界が閉ざされる中、混乱している彼女の両足へ突然何かが、しがみ付いて来た!!

 ――――疑問は恐怖へと変わりそれが絶頂ぜっちょうへと達し彼女の理性を失わせる――――
 

 このからみ付く物を大いなる狂気に取り憑かれしおせいの両手が引っ掴んで!

 息苦しい暗黒の中、すさまじい力が彼女を加勢して長持ながもちが在る方へ引きって行ってガン!と激しく角へと打ち付け――――

掛けがねを掛けたはずのふたがやはりひらいていた…… おせいへ更なる錯乱さくらんおそう――――

 捕まえた物を長持ながもちの中へ逆さに突っ込んで、あらがうのをふたで、

 バタンバタンバタンバタンと、強風にあばれるの葉が如く幾度いくども叩き付ける……

 「キャァァァ……!」
 

 いきなり引越しでも始めたかのような物音に、リビングの明智あけち文代ふみよが納戸へ駆け付け、

 灯りをともすとそこにはッ……
 

 鬼女が真っ赤な舌を吐き出し、常軌じょうきいっした真蛇しんじゃ形相ぎょうそうをこちらへ向けた。

 おせいは、片腕で長持ながもちふたに体重を乗せ、もう一方の手で玩具オモチャのような足の一本を鷲掴みに持ち上げてゴリゴリと、

はさみ付ける長持ながもちへ、頭から丸呑みにさせた口からは、もう片方の小さな足だけが垂れて、こちらへ壊れた自動人形のようにビクビク振動している。
 

 向こう側で、青白くしおれた男のデスマスクがベッとり血糊ちのりの貼り付く頭をグラグラ振り回し、起こされた上半身がバッタと音を立てて倒れた!

それに振り返ったおせいの目は、血に紅く染めて倒れ混む男と、長持ながもちに挟んだ物とを繰り返し凝視していたが…… やがて、
 

 …… 千年をなげくかのごと咆吼ほうこうは響き渡る――――
 

 母は、父の死を乗り越えようとする息子の成長に気付かずにいたのであろうか……

長持ながもちに叔父を発見した正一しょういちは、もう八歳なのだ。

 格二郎かくじろうを助け出した健気けなげな一人息子が、納戸へ入って来た母に気付いて抱きついた――――

 ――――花瓶で殴り倒し長持ながもち辛櫃からひつへと納棺のうかんした格二郎かくじろうが復讐のため襲って来たと、

 勘違いでそう思い込んだ母は…… 息子を長持ながもち蛇うわばみへと喰わせたのだ――――

 

 この尋常じんじょうならざる惨状さんじょうに絶句する明智あけち文代ふみよは、そこに……

髪を振り乱し虚空こくうむしる一人の女を見た。
 

 その抽象的ちゅうしょうてき舞踏ぶとうは、彼女の夫たる北村きたむら 格太郎かくたろうの、

 剥げ行く爪で何度も何度も何度も何度も、「オセイ」の三文字もんじき刻みし様相ようそうと重なるようにえがかれる。

 「わたし、わたしは、わたしは…… わ・た・し・は……」

 若い見た目につかわしからぬ皺枯しわがれた声は今、彼女の喉からあらろされた。
 

 文代ふみよ長持ながもち正一しょういちへ駆け寄る、

 明智あけちは、倒れた男の様子を見ながら携帯端末へ手を伸ばし救急へ連絡すると、次は波越なみこし警部と話すのだろう。

 この女性が息子さんのためにまことの母親の心に戻ることは有るのだろうか? と文代ふみよは考えた…… しかし、すぐに思い直し母子の幸福をのみ願うのだ。
 

 「あっ、明智あけちクン、『廃仏毀釈はいぶつきしゃく』のことだけど!」

 「――――波越なみこし警部、傷害事件です、いえ…… 殺人事件かも知れません。」
 

 文代ふみよが前へ顔を向けると、

何時しか、ハロウィンに色付く季節も過ぎ去り、街はあっと言う間に冬のよそおいの準備に忙しい。

 「あの美術商の髑髏どくろのジョッキは、まだショーウィンドウに有るのだろうか?」
 

 またたき始めるイルミネーションの道に足を止めた家族連れのはしゃぐ子供たちのその姿が、

一つの救済きゅうさいを示すかのように彼女の心へにがみ入って行く――――
 

 おしまい

最後までありがとう御座いました。
次回作をお楽しみに!


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