秦氏千年の計1 ザビエルより前に日本へ来ていたキリスト教

 聖徳太子しょうとくたいし(574年2月7日〜622年4月8日)は厩戸うまやどで産まれ『厩戸皇子うまやどのみこ』と呼ばれます。

 世界ひろしと言えども、「厩戸うまやど」で産まれた人物はこの聖徳太子と、そしてイエス・キリストしか居ません。
 

 なぜ、イエス・キリスト生誕せいたんより574年後の日本で、

イエスと同じように、厩戸うまやどで産まれる人物が日本に現れ、またキリスト教では無く、仏教を守護していたのでしょうか?
 

 朝鮮半島の伽耶かや国を、新羅しらぎの進行により失った日本は、国際社会におけるこれからの日本の在り方を、模索する必要が急務でした。

 外交のためには、外国に劣らぬ文化と政治制度が必要なのです。
 

聖フランシスコ・ザビエル


「燃える心臓」と「十字架」

『ザビエル伝』に伝わる、「ザビエルが祈りを捧げると彼の胸が腫れ上がった」と云う逸話より、灼熱しゃくねつの心臓を持っています。

 
 これより、およそ200年前のこと。
 

 漢人の阿知使主あちのおみが来日します。

 百済くだらの王族である辰孫王しんそんおう王仁わには、『論語ろんご儒教じゅきょう)』を持って来朝されました。

 そして「しん始皇帝しこうてい」をルーツとする秦氏はたし弓月君ゆづきのきみ融通王ゆうづうおう)など多様な渡来人が、

 第15代、応神おうじん天皇の御代みよ、日本へやって来ていたのです。
 

 この秦氏の末裔まつえいこそ、聖徳太子のおそばにお使えした秦河勝はたのかわかつであり、

そして秦氏はたしこそが、日本へキリスト教を持ち込んだ張本人なのではないのか、と言われる者たちでした。
 

1506年頃4月7日、フランシスコ・ザビエルは、現在のスペイン、ナバラ王国のハビエル城で生まれる。

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