お勢登場より 7

 
 この女、愛人を作り兄を裏切りひどい悪女と思っていたが、中々どうしてしをらしい所も有るじゃないか。

 ――――この二人の話しをフンフン項突うなづいていた僧侶が座を立ち、おせい御布施袋おふせぶくろ水引みずひきを無意味に整えながら、

「お坊様をお見送りしてきます……」と、その後ろに廊下へ消えていく、
 

 格二郎かくじろうにチャンスが到来した。

 「隣りの納戸だったな……」

 彼は何問なんとわないふうを装い廊下へ出ると納戸の中をのぞいてみる――――

 ――――待っていたのだこの時を!

 あの兄が死の間際まぎわこの姉を愛するがゆゑき付けた「オセイ」の三文字もんじを、もう一度見てみたい……

そして、どうしても長持ながもちが欲しいと言うおせいの心持ちを後で思い出すこともあったのである。
 

 彼はこの兄がき印した「オセイ」の文字もんじを、なぜか親族にも知人にも、誰にもげることは無かった。

格二郎かくじろうはこれを自分たち三人だけの秘密にしたのだ。詰まりこの弟は、兄夫婦に感動してしまったのであろう。

 「…… あれだ! あの長持ながもちだ。」

 薄暗い納戸の灯りを点け、そっと長持ながもちに近付きゆっくりふたを開いていく格二郎かくじろう――――
 

 「――――はっ……

 無い! 姉さんの名前が無い!?……」

 長持ながもちふたに無い……「オセイ」の文字もんじが無い、無い無い!!
 

 あの三文字もんじこそ――――

兄の格太郎かくたろうが最後の力を振り絞り、妻のおせいを愛するあかしをこの世との別れへ残した物では無かったか!?

 いや…… そればかりか、あの物凄ものすごかったき傷自体が全く消え失せている。
 

荒々しく目が着かん限り確認してみるのだが――――ショックのあまり固まってしまった格二郎かくじろうは、

ただ呆然とふたの裏の木目に指先を当て、それを何度も数えているようだ――――

 ――――あの、おせいと言う女は!……
 

 兄が息子の隠れん坊に付き合い、なかからけられえぬおのひつぎとした長持ながもちを強引にもらい受けたいと、

 駄々までねたではないか!!

では、あれは嘘だったか? 女優の名演技だとでも言うのか……

 そうか、これがあの姦婦かんぷのやり口か――――

これは兄があのふたき付けも、別の意味があるんじゃないか!?

 

 ――――とっ、格二郎かくじろうの後ろにおせいが立っていた――――

 おせいはとっさに低い箪笥たんすの上に有った花瓶を自分でも信じられない力で格二郎かくじろうの頭へ振り下ろす。

この有田焼ありたやきの花瓶は彼女が格太郎かくたろう輿入こしいれした際、父親が嫁入り道具として持たせてくれた物である、

 その花瓶は今、格二郎かくじろうの頭にするどい一撃をくわえると同時に真っ二つと床めがけて落ちて行く。
 

 「うっ……」

 格二郎かくじろうは凶器が割れる音より小さくうめいて、

ふたいた長持ながもちの中へ両手で頭を押えたまま倒れ込むと、

真っ赤な霧吹きが長持ながもちの内部と彼の頭とを染めヒクヒクしている。
 

 おせいはまるでボールが弾むようにび上がり両の腕を伸ばすと長持ながもちふたいきおい良くガチャンと閉じ掛けがねを掛けてしまってその上へドッカと座り込んだ!

 これは反射的な行動である、おせい防衛本能ぼうえいほんのうがそうさせたのかもしれない。
 

 いや、防衛本能ぼうえいほんのうなどでは無い。格太郎かくたろうの時もそうだったではないか、

せいは夫をにくみ死に至らしめた訳ではなかった、一人息子の正一しょういちもうけたようにいくばくかのあわれみをも持ち

格太郎かくたろうに接していたはずなのである。

 なのになぜあの時、彼女は夫を狭い長持ながもちの中へ密封したのだろう?
 

 そして今回もそうだ、彼女はなぜ殺人を犯そうとするのであろうか?

それは、抑圧よくあつされたおせいの心の奥底に息づく『魔性ましょう』が、彼女をしんから乗っ取って仕舞しまうからなのかも知れない。
 
 
 おせいは大きな花瓶の破片を拾い上げるとあとほうきいて片付けてしまった、

 まるで何事も無かったように。
 

 ピンポン♪

 インターフォンが鳴った、誰だろうこの忙しい時に…… おせいは無視することにして花瓶の小さな粒を細い指で拾い上げ――――

 ピンポン♪
 

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