秦氏千年の計43 縄文人にとっての「サナギ」

 「常世物とこよもの この橘たちばなの いや照てりに わご大君おおきみは 今も見る如ごと」 大伴家持おおともの いえもち『萬葉州まんようしゅう』巻18ー4063    常世物とこよものは「橘たちばな」の古名こめいで、橘た …

秦氏千年の計42 弥勒菩薩とダビデ神社

 聖徳太子しょうとくたいしの側近である秦河勝はたの かわかつは、世阿弥ぜあみが記しるせし「 能のう 」の理論書『風姿花伝ふうしかでん』によると……  欽明きんめい天皇の御代みよ、大和の国は奈良の泊瀬はつせ(初瀬はつせ)の …

秦氏千年の計40 占いで知られる「算命学」は飛鳥時代に伝来していた

 天武てんむ天皇は、兄の天智てんぢ天皇と同じ母親である斉明さいめい天皇(皇極こうぎょく天皇、2度御即位たびごそくいあそばす)から生まれた同母系兄弟です。  同じ母系の姉妹しまいや兄弟きょうだいは、古いにしえよりの「エオト …

秦氏千年の計35 道臣命 ファースト忍者

 およそ歴史に「忍者」と言える者が初めて登場するのは『神武じんむ東征とうせい』、もしくは、  日向ひむかより大和やまとへ遷都せんとする『神武じんむ東遷とうせん』に際し活躍した「道臣命みちのおみのみこと」が最初となりましょ …

秦氏千年の計34 声なきに聞き 形なきに見る

 明治10年(1877年)1月11日、かつて薩摩と呼ばれた鹿児島に川路利良かわじ としよしの許可の元、鹿児島出身の中原尚雄なかはら なおおら警視庁職員24名が帰郷ききょうします。  西郷さいごうと共に下野げやした谷口登太 …

秦氏千年の計33『大警視』川路利良

 織はとり・服部はとりの衣服に関わる渡来系技能者とらいけいぎのうしゃの中に、服部はっとりを名乗り「謀術ぼうじゅつ」を用もちいる忍者が混ざっていて、日本に対し何らかの忍者活動を仕掛けていたのか、  それとも、徐福じょふくが …