秦氏千年の計35 道臣命 ファースト忍者

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 およそ歴史に「忍者」と言える者が初めて登場するのは『神武じんむ東征とうせい』、もしくは、

 日向ひむかより大和やまとへ遷都せんとする『神武じんむ東遷とうせん』に際し活躍した「道臣命みちのおみのみこと」が最初となりましょう。

 天孫降臨てんそんこうりんのおりニニギノミコトに随伴ずいはんし降臨したアメノオシヒノミコトこそ、道臣命みちのおみのみこと(元々の名は、日臣命ひのおみのみこと)の先祖で有り、大伴連おおともの むらじの祖先でした。
 

 長兄ちょうけいにあらせられる彦五瀬命ひこいつせのみことが、長髄彦ながすねひこの矢に当たりて瀕死ひんしの内に、

 「日神にっしんの皇子おうじたる我らが日の昇る東を向いて攻めたため痛手を負うに至った、今後は相手の背後へ南を迂回うかいし夜明の旭あさひを背に眩まぶしきを攻めよう。」

 と、御崩御ごほうぎょの際きわへ御雄叫おおたけばれし雄湊おのみなとに、『竈山かまやま神社』へ奉たてまつらるる。
 

道臣命みちのおみのみこと


『大日本名将鑑だいにほんめいしょうかがみ道臣命みちのおみのみこと』月岡芳年つきおか よしとし 作

 
 神日本磐余彦天皇かむやまといわれひこ の すめらみこと(神武じんむ天皇 神武元年ー神武76年)の行幸ぎょうこうは、狭野さのを越え熊野くまのより吉野よしのへの険けわしき道を、

夢に出いでし天照大御神あまてらすおおみかみの天皇すめらみことへ言われしが郷導者くにのみちびきびとになせと、

 高御産巣日神たかみむすびのかみの御遣おつかわしになられし「夜の太陽」シリウスの『八咫烏やたがらす』を目印めじるしに先陣せんじんを切るは道臣命みちのおみのみこと、

軍事部隊「大久米部おおくめべ」を率ひきい熊野くまのの山中へ分け入ると、密策しのびのことを以もて逆さ言葉の暗号あんごう「諷歌倒語そえうたさかしまごと」を唱となえれば、妖気わざわいを掃はらいて邪魔する者を取り除いて征ゆく。
 

 『八咫烏やたがらす』の先導せんどうと道臣命みちのおみのみことの働きで、神武じんむ天皇は大和やまとの国の菟田穿邑うだの うがちのむらへ苦難の末に辿たどり着き、

菟田県うだのあがたの長である魁帥ひとごのかみの兄弟、兄猾えうかしと弟猾おとうかしを招集しょうしゅうしますが、兄猾えうかしだけは出て来ません。

 皇師みいくさの威いきおいを観てとても正面からでは敵かなわないと恐れた兄猾えうかしは、新しき宮を建て神武じんむ天皇を饗もてなすと申しますが、弟猾おとうかしは「信じない方が良い」と語ります。
 

 道臣命みちのおみのみことは、軍事部隊「大久米部おおくめべ」の長 大久米命おおくめのみことと共に、

 「自分が先に入ってみろ!」と、剣と弓を構かまえ、兄猾えうかしを宮の中へと追い立てる、

 床ゆかを踏むと天井が落ちる「釣天井つりてんじょう」の仕掛けの部屋へ、神武じんむ天皇を騙だまし殺そうとの自分の企たくらみに、落ちてきた天井へ押し潰されて兄猾えうかしは圧死あっししました。
 

 神武じんむ天皇は御自おんみずから高御産巣日神たかみむすびのかみを御奉ごほうじあそばされると、道臣命みちのおみのみことを顕斎うつしいわいの斎主いわいぬしとされ、古いにしえよりの女性名じょせいなを「厳媛いつひめ」と御名付おなづけあそばされ、

女人の姿と成りし道臣命みちのおみのみことは、天神地祇てんじんちぎを祀まつり建つ。

 男神おとこがみとして描かれることの多い道臣命みちのおみのみことですが、斎主いわいぬしは伝統的に女性が勤つとめて来ましたので、ここでは「厳媛いつひめ」とヒメの名が付けられました。

 道臣命みちのおみのみことは女神おんながみなのかも知れません。記紀ききの世界は「ユニセックス」ですから。
 

八十梟師やそたけるが打うたれた「忍坂おっさか」

 「忍坂おっさかの 大室屋おおむろやに 人多ひとさはに 入はいり居おりとも 人多ひとさはに 来入きいり居おりとも 強々みつみつし 久米くめの子こらが 頭槌くぶつつい 石槌いしつつい持もち 撃うちてし止やまむん」

 なおも恭順きょうじゅんせぬ梟ふくろうの眼を持つ八十梟師やそたけるたちを集めて大おおいに酔よわせ、料理人に偽装せし「大久米部おおくめべ」の八十膳夫やそかしわでたちは、

 道臣命みちのおみのみことの「撃うちてし止やまむん」の唄を合図に、

 八十梟師やそたけるらを討うってしまいます。
 

 和琴わごん、篳篥ひちりき、龍笛りゅうてきの調子しらべに乗せて、皇帝すめらぎの御前おんまえにて舞われる久米部くめべの兵つわものの久米舞くめまいは、宮中儀式きゅうちゅうぎしきの国風歌舞くにぶりのうたまいの一つで、

抹額まっこうの冠かんむりをかぶり、緋色の袍ほうに剣を携たずさえた日本最古さいこの歌舞かぶは、平成の即位そくいの礼れいや、国立劇場で宮内庁式部職しきぶしょく楽部がくぶにより一般公演されました。
 

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秦氏千年の計36 荒れる『崇仏論争すうぶつ ろんそう』

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秦氏千年の計34 声なきに聞き 形なきに見る

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