アマビエと『まれびと』信仰2『まれびと』の登場する『神話』と『昔話』と『山人』

◆『まれびと』の登場する『神話』と『昔話』と『山人』。

 「天孫降臨」のニニギ尊。
 「ヤマタノオロチ退治」のスサノオ命。
 「オオクニヌシ大神の国造り」を共にしたスクナヒコナ命。
 「海幸山幸」で山幸彦(ヒコホホデミ尊)を目の詰まったカゴでワタツミの神の宮へ導いたシオツチ神。

 「イエスと弟子のパウロの旅」で宿を乞い、貧しき者は彼らを歓待し、裕福な者は彼らを冷遇する。そこで貧者には良いことが有り、富める者には罰が降る。
 同じ類いのお話が、ギリシア・チベットにも存在し、日本では弘法大師(真言宗開祖)や行基菩薩(東大寺大仏開眼供養の初代大僧正)の説話となっている。

 「サンタクロースなどの不思議な来訪者」クリスマスおじさん・魔女・小人や鬼が、良い子へ贈り物を持って来る伝承は、アメリカやヨーロッパ各地の、イタリア・ドイツ・ロシア・スウェーデン・フィンランドなど北欧各知に分布する。
 現在は日本でもサンタクロースの風習が伝わっている。

 「魔女・小人や鬼が悪い子を袋へ詰めて連れ去る」ヨーロッパ各地の「良い子へ贈り物を持って来る」『まれびと』たちは同時に「悪い子を袋へ詰めて連れ去る」と伝えられている。
 日本でも、秋田県「男鹿おがのナマハゲ」を始めとする仮面神事が、家々を巡り「泣く子」「悪い子」「怠け者」をさとす厄払い行事として日本各地に広く分布する。

 「東方の三博士」はイエスの誕生をお祝いにやって来た三人の賢者の『まれびと』で、乳香・没薬・黄金を贈り物としてささげた。

 「正月の年神迎え」は尖った所へ年神が降りるとされ、玄関先に『よりしろ』となる松飾りをして年神と共に食卓を囲む『ハレ』の行事である。

 「メイ・ポール」は5月の木の意味で、5月1日の前夜に若者たちが森から大きな木を運び、町や村の広場に立てその回りを輪になって皆で踊り、メイ・ポールの小さい物を自分の意中の娘の窓辺に立てて置く。この木は森の精霊・祖霊の『よりしろ』となる。
 長野県の諏訪大社『御柱祭おんばしらさい』との類異性が有るかも知れない。

 「フェイュー」「モシュ」と呼ばれる樹木の精霊が北フランスでは登場し、頭のてっぺんから爪先まで花と葉で身を包み、
南フランスでは5月の女王「メイ・クイーン」が花の冠を付ける。
いずれも森の聖なる力を身にまとい村の家々を巡り人々を祝福して歩く。

 「メイ・デー」5月1日は元々、労働者の祭典では無く、古代ケルトの一年を暖季と寒季の二つに分ける「バルティナ」「ケートハブン」の祭りで、11月1日の「サァオイン」「ハロウマス」と共に、季節の変わり目の祭りとして大切にされてきた。前夜祭を「ワルプルギスの夜」と呼び、魔女たちの宴がもよおされ、「ハロウマス」は後に「ハロウィン」となり悪霊の訪れる日とされ、日本にも定着した。
 

マスクをしたアマビエ


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 安倍晴明の母「葛の葉くずのは」狐。
 「鶴の恩返し」の鶴。
 「浦島太郎」の亀。竜宮城では「浦島太郎」本人が『まれびと』と成るため大切にされた。
 「桃太郎」では「桃太郎」本人が他界よりの『まれびと』である。

 深き山に隠れ住む「オオヒト」
 「一本だたら」などの山人は、他界よりの『まれびと』古代の神であったろう。

 「鬼門信仰」は、夏至に鬼門が開き死者や悪鬼がこの世へやって来ると云う物で。客家はっか(周人)の影響が有る香港や台湾で強く見られる信仰だ。
日本では京都御所の塀の北東角部分の丑寅の鬼門封じ『猿ヶ辻さるがつじ』や。江戸城は歴代将軍の遺体で『鬼門』上野の寛永寺、『裏鬼門(人門)』芝の増上寺を封じた。
 また、日本では仏教の盂蘭盆会うらぼんえとクッ付いて「祖霊が戻って来る」と言う信仰となり、京都の「五山送り火ござんのおくりび」など、祖霊に対する『迎え火・送り火』の風習は各地に今も存在している。
ただし『祖霊信仰』が『まれびと』であるかどうかは議論しなければならない。
 

◆『戯曲』と『思想』に見る『まれびと』。

 「聖ヨハネ祭」は夏至の火祭りで、その前夜に魔女や精霊が現れると伝えられ,この夜の伝承を舞台にしたウィリアム・シェイクスピアの戯曲が『真夏の夜の夢』で有る。

 「ゴドーを待ちながら(En attendant Godot)」は1940年代の終わり頃、劇作家サミュエル・ベケットによって書かれた戯曲で、二人の浮浪者が「ゴドーはいつ来るか」と話し合う、「ゴドー」とは詰まり「ゴッド(God)・神」であり『まれびと』来訪を待ちわびる人々の物語である。

 「ツァラトゥストラはこう語った(Also sprach Zarathustra)」は、1883年から1885年にかけて発表された哲学者フリードリヒ・ニーチェの思想的散文物語で。「神は死んだ」のフレーズが有名だが、「神々」『まれびと』の来訪を待ち救いを求めるのはもう止めようと言う物。
ただし、ツァラトゥストラとはゾロアスター教の開祖の名前なので、「ミスラ」神の来訪『まれびと』弥勒の世までを拒否した物では無かったようである。
 

 資料(PDF)

来訪する神の伝承と民俗 ――日仏比較民俗学の可能性をめぐって――

 

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