秦氏千年の計18 日本の女性差別の始まり

 元始げんし、女性は太陽であった」

 女性解放運動家じょせいかいほう うんどうか 平塚ひらつからいてう らいちょう  の言葉です。
 

 いつから、女神である天照大御神あまてらすおおみかみを国民の総氏神そううじがみとするこの日本で、女性が差別を受けるようになってしまったのでしょう。

 結論から言えば「女性差別」の元凶げんきょうは、江戸時代のしん儒学じゅがく儒教じゅきょうである朱子学しゅしがくの導入が深く影響をおよぼしています。
 

 明治維新めいじいしん民主主義みんしゅしゅぎを目指し行われました。

 アメリカでは身分など無く誰でも選挙へ立候補ができ、その中から大統領が選ばれていることを知って驚嘆きょうたんし、語り合った幕末の若者たちは、

 「日本もそんな国にしたい」と考え、

 だからこそ板垣退助いたがき たいすけ民主主義みんしゅしゅぎあきらめることなく、「自由民権運動じゆうみんけん うんどう」に邁進まいしんします。

 あの時のおもいを忘れるな、約束を守れと、
 

 実は、第2次世界大戦だいにじせかいたいせんの前に日本で民主主義みんしゅしゅぎを実現するべく、多数政党制たすうせいとうせい普通選挙ふつうせんきょは行われていました。

 しかしそこに産声を上げた物は、男性のみが賛成権さんせいけんを持つ「女性差別」の不完全な普通選挙ふつうせんきょだったのです。
 

 「女に教育は要らない」と、

 近代化したと言うのにまだ日本は、江戸時代 中期以降ちゅうきいこうに広く蔓延まんえんする女子教訓書じょし きょうくんしょ女大学おんなだいがく』の毒におかされ、その精神はすっかりんでいました。
 

平塚ひらつからいてう らいちょう (1886〜1971)
 

近代日本人の肖像しょうぞう 国立国会図書館
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 安土桃山あづちももやま時代までは女城主おんなじょうしゅなど、権力者側に女性が居ても当然の事であった日本だったのです。

 たとえ政略結婚せいりゃく けっこんであったとしても、戦国大名は妻の言うことを良く聴き、

 関白太政大臣かんぱく だじょうだいじんであった豊臣秀吉とよとみ ひでよしの母は大政所おおまんどころ、妻は北政所きたの まんどころと、天皇より宣旨せんじをもって特に位階いかいと共にさずけられました。
 

 当然、下位の大名たちは皆が彼女たちに平伏へいふくすることとなり、

そして戦国時代・安土桃山時代あづちももやま時代までの、これが常識だったのです。

 ところが……
 

 「夫を絶対者ぜったいしゃとして服従ふくじゅうしなさい、夫にさからえば天罰てんばつくだる」

 儒学じゅがく諸悪の根源しょあく  こんげんとする、頭の可笑しな『女大学おんなだいがく』のこの考え方が、昭和に成ってもいまだ日本に巣食すくっていました。

 そしてその狂った『男尊女卑だんそんじょひ』は、現代に至ってもなお、何処どこかで日本社会をむしばみ続けているのです。
 

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