③ 香港人かく闘えり(Hongkongers fought like this)1

 「友よ、水になれ(Be Water)」映画スターにして截拳道ジークンドーの創始者であった、イギリス領香港九龍出身のブルース・リーはそう語る。

 この、老子の根幹思想をなす『上善じょうぜんは水のごとし』とは、

最上の善は『水』のように、柔らかくしなやかでありながら、岩をも穿うがつ強さをあわせ持ち、万物に恵みを与え、争う処を知らず低きへ流れてゆく。

 作為さくいが無く宇宙のことわりに従う[無為自然むいしぜん]、これがまこと本来チャイナの根本思想で有ったはずであり、

中国共産党が押し付ける儒学の形式主義とは真逆に存在する、老荘ろうそう思想の考え方だ。
 

 そして中国共産党政権が何よりも恐れるのが、この無為自然であった。

 なぜなら歴史をながむるに、自然のままに任すれば、

社会はおのずと[民主主義]へ流れゆくはずなのだから。

 中国共産党を始めとする、この者たちディープステートは無為とは最もかけ離れし奈落ならくに住まう ❝作為の亡者❞ なのである。
 

 1984年12月19日、イギリスと中国が署名した[英中共同声明]で、

 2047年まで、香港が特別行政区として ❝高度な自治を50年間続ける❞ 約束の下、中国への返還が明らかにされた。

 そしてこの時の『一国二制度』こそ、世界に対し中国共産党の示す誓約でもあるのだ。
 

 イギリスもそして民主主義諸国も、

 「50年も経過すれば中国が―――― よもや民主化してい無いなどと言う事はなかろう。」

 …… この国際的約束を中国共産党が、まさか破ったりはすまいと考え、世界的にも歓迎されたのである。

 1991年12月25日に、ゴルバチョフ大統領が辞任してソビエト消滅を宣言してから5年半後の、

 1997年7月1日、共産圏中国への『香港返還』は、

米ソ冷戦も人々の記憶から消えかけた、出来事の一つに過ぎなかったのかも知れない。
 


 1997年に香港が返還されて以降、香港では幾度かの大規模デモが行われて来た。

 2014年8月31日、中国共産党 全国人民代表大会の[8.31決定]で、香港市民は民主主義への道が断たれたと悟る。
 

 『一国二制度』の、高度な自治が認められる香港では、

 2017年、香港特別行政区 行政長官 選挙から、香港人1人1票の【普通選挙】が導入されるはずであった。しかし、

 2014年8月31日の、中国共産党 全国人民代表大会 常務委員会では、あろう事か、

❝行政長官の候補者は、親中派の[指名委員会]の過半数の支持が必要で、候補は2〜3人に限定する。❞ と決定して仕舞う。

 これでは事実上、親中派しか行政長官になれない制度だ!
 

 これに対し、10代の学生で結成する香港の民主派団体は、学生たちを動員【真の普通選挙】を求めて授業のボイコットを開始した。

 当初は、大学内の座り込みだったデモが街でも行われるようになると、

香港警察は武器を持たない一般市民を催涙スプレーや胡椒スプレー、催涙弾で鎮圧し始める。
 

 ―――― かつて香港映画で「ポリスアクション」を描く映画はひんぱんに制作されて来た。

 権力者の干渉や市民との軋轢など、様々な障害を乗り越え、

巨悪を倒す警察官たちの勧善懲悪が香港警察を舞台に写し出されるのが、香港のポリスアクション映画のはずだった、それが今では……

 香港警察が市民へ向ける催涙弾やスプレーから、傘・ポンチョ・ゴーグル・マスクで身を守りながら、デモ参加者たちは両手を上げて非暴力を示す。

 これが『雨傘革命』の由縁になった。

 9月26日、[普通選挙化]としながらも、中国の全国人民代表大会『全人代』の決定にもとづく、

親中国派しか事実上立候補できない制限選挙となる[選挙改革法案]に対し、

 香港の高校・大学生を中心に【真の普通選挙】を求めた、授業ボイコットのデモンストレーションを『香港中文大学』を中心に決行すると、

次に、民主派学生たちは香港島に在るセントラル地区の行政府庁舎前へ結集して、座り込みを繰り広げて行く。


 28日以降、香港警察が使用する催涙スプレーや胡椒スプレーに「雨傘」を持って対抗した『雨傘革命』は、

一般市民も加わり大規模デモへと発展して行き、九龍半島にまで拡大した。
 

 同年10月10日、抗議行動の主要な場所となっていた、香港島中心部の ❝金鐘・アドミラルティ❞ に在る政府庁舎の幹線道路へ集ったデモ参加者は、

時間の経過とともに膨れ上がり、夜にはデモ指導者たちの呼びかけに応じた推定1万5000人を超える香港人たちで埋め尽くす。

 そして皆が【真の普通選挙】を求めて ❝占拠を続けろ❞ とシュプレヒコールを上げると、『レ・ミゼラブル』の「民衆の歌」を広東語で歌う香港市民たち。

 21日には、民主派学生の指導者代表と、香港政府の幹部との異例とも言える対話が実現。物別れに終わったが事態の進展が見られる。
 

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